日本復活私論

2011年 12月 24日 記  

=はじめに= 

何か世界がおかしい。そして日本もおかしい。地球上がおかしい。新聞を読んでも、TV番組を見ても、そして世間で起きている事件を知っても、何かおかしいことばかりだ。そんな風にずうっと感じてきた。それが一体何故なのかが、日本を襲った【3・11東日本大震災】の後で、掴めた様な気がする。その日本のおかしさは“日本人の持つ本来の日本人資質を忘れ去って、ただただ欧米の文化に憧れて真似した生活や教育”に因が有るではという考えに至った。その結果として欧米の資本主義先進諸国がおかしくなったと同時にこの日本もおかしくなってしまったのであろう。

この度日本の東北を襲った巨大なる災禍により、それにハット気づかされ、これから少しずつ日本が日本人らしく生き方を変えて行くことにより、いずれは世界中がこの小国・日本を見習って行くような時代が到来するような気がして来たのだ。それこそが、この大事な地球の自然と共生して行く道であると確信した。そこで日本復活に関する私論を、日本人が如何に特異な民族であるかの話から始めることにしよう。


<目次>


=はじめに=           

【1】 日本人とはどんな民族なのか

【2】 3・11で気づかせてくれたこと

【3】 歴史は繰り返す       

【4】 まずは日本の「教育」から   

【5】 地球上のCatastrophe   

【6】 日本は今【Catastrophe(大災〕】のど真ん中

【7】 日本人は「森の民」に戻れ! 

=あとがき=            


【1】 日本人とはどんな民族なのか

私は日本人とは特異な民族なのではないかと考えている。子供の頃学校で、日本人は「モンゴロイド系」の黄色人種で、東ユーラシア人の分類に属し、数億年前に日本の島が北は樺太付近で、南は朝鮮半島のところでユーラシア大陸と繋がっていた頃に、そこを通って入ってきた民族が源で、1億年以上前に氷河期が終わって海水の水位が高まると、日本列島が大陸から離れ、北ルートと南ルートで入った種族が混ざって今の日本人のルーツとなっていると教わった。とすれば我ら日本人は数億年前に遡れば、隣の中国、朝鮮やロシアと同系統の人種ということになるが、本当だろうか。

ところが、ある日この私のスッキリしない疑問点を払拭してくれたインターネット記事にめぐり逢ったのだ。それは【Y染色体ハプログループの研究により日本人のルーツが明らかに】と言った内容の記事だった。その説明によれば、Y染色体とは男性の性染色体で、それを調べて行くことで父親のルーツを辿る訳である。
Y染色体の研究結果によれば、日本人はD系統に属し、そのD系統は現在世界で極めて稀な系統で、日本人が最大集積地点として希少な血を高頻度で受け継いでいるという。このD系統で日本人以外では、遠く西に離れたチベット人などに存在するだけらしい。この背景には両者を分断するように広大な地域にアジア系O系統が広く流入し、島国の日本や山岳のチベットにのみD系統が残ったらしい。Y染色体を調べると、中国人や朝鮮人、東南アジア人、インド人はO系統に属し日本人とは全く違う系統と言う事になる。

ところでこのY染色体には大きく分けてAからRまでの18種あるという。Aは人類発祥の地アフリカの「黒人種族」でこのAから時を経ながら下図のように分岐・進化して来ているという。

この分岐・進化の様子をみても日本人(D系統)は何と異質で独立系であることが伺える。これが日本人のルーツに関して私の気持ちをスッキリさせてくれた理由であり「日本人は特異な民族」である証と意を強くした。そして中国人や東南アジア人は何度も分岐を重ねた結果の「O系統」であり、更に分岐を重ねた最新のR型が「西洋人型(白色種型)」なのである。そしてD系統と分岐したE系統は地中海沿岸や中東に広く分布する人種で我々と近い仲間であり、それぞれ非常に古い系統であると言う。

なるほど、とすればギリシャ生まれの小泉八雲が「本当に虫を愛するのは日本人と古代ギリシャ人だけだ」と言ったというが、それはD系統とE系統の近似性が理由なのだろうか。更には「日本」と「ユダヤ」は同じ祖先だという説「日ユ同祖論」もこんな処にその理由が存在するのかも知れないなんて考えてしまう。

日本人は何と古い固有の民族であったかがお分かり頂けよう。

【2】 3・11で気づかせてくれたこと

2011(平成23)年3月11日午後2時46分。あのグラッと来た瞬間、私は「遂に来るべきものが来たのか」と思った。私達がいつか来るはずと予測の元に、各地域に設定されている緊急時避難地域、そして小学校や公民館に貯蔵してある緊急時用物資の事などが一瞬頭を過ぎった。

実はあの瞬間、私は週に1回ほど通っている東十条にある「スポーツジム」に居た。いつもお決まりの1時間半ほどの一連のエクササイズを終えて、最後にもう一汗とサウナに入って座り掛けた瞬間に、あの「グラ、グラ!」が来た。その時サウナの中には数人の人が居たが、皆さん【石原都知事の再出馬宣言】のニュースに見入っていた。
私は瞬間、「これがあの来るべきものの到来だ」と判断、汗が出る前に着替えした方がいいと思い慌ててサウナを出た。その時、サウナ内の人が、「何で入ってきてすぐに慌てて出るのか?」と言った不思議な顔で私を注視している姿が記憶に残っている。
サウナを出て風呂の脇を通る時、風呂の水がチャポン、チャポンと波打っているのが見えた。私は一目散にロッカールームに向かう。その時巨大な揺れが襲ってきた。沢山あるロッカーのそれぞれの中にある衣文掛けがロッカー扉をガチャン、ガチャンと叩きものすごい音を発している。サウナの中で汗を流してしまっていた人たち、そして石鹸を使って体を洗っていた人たちは、それを洗い落す行動が必要で、即座に外にでる訳には行かない。その点私はタイミング的にもラッキーであった。あまりの揺れとロッカーからの騒音で下着がスムースに着られない。
その時スピーカーから場内放送が流れる。「ただ今、大きな地震によりエレベーターが止まっています。皆さん慌てず非常階段を使って1階に非難してください。慌てないで行動してください」と叫んでいる。私が衣服を着てロッカールームを出ようとする頃、風呂内にいた人たちが慌てて飛び出してきてロッカールーム内が騒然となった。
この頃には揺れは治まっていた。1階に下りるとプールで泳いでいた連中が体にバスタオルを巻いて裸足で路上に飛び出してきていた。女性もバスタオルを体に巻いてその恐ろしさに路上でブルブルと震えている。何人かが携帯電話を繋ごうとしているようだが、「ダメだ、繋がらない」といって心配そうな顔をしている。
そこでピンと来た。「そうだ!自動車だ。カーラジオがある!」と急いで2階の駐車場に行って車のラジオを入れた瞬間にまた大きな揺れが来て、路上に居る皆が「キャーーー!」と悲鳴を上げている。そして電信柱の電線が大きく波打っていた。
ラジオでの臨時ニュースでは「地震の震源地は宮城県・仙台の海上沖合いと推測されます。まだ大きな揺れが有るかも知れないので安全な場所に退避してください」と言った内容を繰り返していた。そこで周りにいる人々に「震源地は仙台の沖合いのようです」と伝えると、不思議なもので、皆さんも震源地を知り、そしてそれが離れた地である事を確認できた為か、チョットばかり安心した様子をしていた。
少し気持ちに余裕が生まれると、「我家は大丈夫か? 妻はどうしている?」と気になり始めた。すると直感的に「早くこの駐車場を出て家に向かった方がいい。暫くすると主要道路が緊急避難路として交通止めになるかも知れない」という考えが頭をよぎり、直ちに車のエンジンを掛けた。
ビルの外に出てもいつもと何も変っていないように思えた。王子駅前を通ると、ビルから出てきて心配そうにしている人の群が歩道を真っ黒に埋めていた。しかし信号はいつもどおりに正常に働いている。飛鳥山を抜けて旧古河庭園の前を右に緩やかに下る所で滝野川小学校の学童達が三角頭巾を被り、手を繋ぎ一列になって先生に引率されながら移動している風景を左手に見ながら車を走らせる。駒込駅前にくると、電車が止まっているのだろうか、駅前には人が溢れて車道の方にまで人垣が広がっていた。
やっとのことで自宅に着いたのが午後3時半過ぎ、地震が有ってからおよそ1時間後には自宅に戻れたのであるから仕合せだったと言えよう。我家は観音開きの戸棚が多いために殆どの物が飛び出して床に散り、足の踏む場もないほどにものが散乱し、ワイフは呆然と立ち竦んでいた。

壁からずれたピアノ、本棚から飛び出した書物、ごちゃごちゃになった食器や鍋釜類、横に倒れたCDラック、床に散らばったレコード、兎に角それら一つひとつを元あった位置に戻す。テレビは臨時ニュースが流れっぱなしで、巨大地震の後襲った巨大津波の恐ろしい姿を繰り返し報道している。そして福島第一原発での炉心冷却システムが動かなくなった事で政府が緊急事態宣言を発表との不気味なニュースが飛び込んでくる。
大地震から大型津波の来襲、そして原発事故と最悪の天災と人災を重ね合わせた三重苦に突入している最中に、東京から郊外に伸びる街道筋には、交通機関がストップした為に歩いて家路を急ぐサラリーマンの「帰宅難民」の行列が真夜中のTVに写し出されていた。まさしく断末魔に襲われた日本の恐ろしい一夜の姿であった。

一人寝室に入ってパソコンを開いてインターネットに繋げた。YouTubeやTwitterから私の目に飛び込んで来たのは、世界中の人々からの沢山の「ニッポン、ガンバレ!」のメッセージだった。そして日本人は「頑張ろう!にっぽん!」と仲間に発信し始めていた。このとき私は目頭が熱くなり涙がボロボロと流れ、「ありがとう」と心の中で叫びながら、一方で「日本がこれから世界に向けて何かを発信できる、その時を神様が日本にCatastrophe(大災)を与えることで齎してくれたのでは」と思い始めていた。


【3】 歴史は繰り返す

今回の「東日本大震災」はミレニアムに一度の未曾有の大災害と言われた。つまりはおよそ1000年前の平安時代869年に東北を襲った「貞観地震」と呼ばれる大地震・大津波の再来だと言うのだ。しかし私はその説明だけでは納得がいかない。貞観地震はまさしく100%「天災」と言えただろが、今回の「東日本大震災」は、その後の復興の難しさを見れば「原発事故」が巨大な癌となっているので「天災」による「人災」であり貞観地震の時とは明らかに質が違う。

さて「歴史は繰り返し」について語ってゆく前にまずは「時間とは?」について述べておきたい。 日の出から日の入りまでの時の間を「自然の時間」と言うそうだが、人間はその自然時間を24等分に区分けし、更にその1等分を60分割してそれを1分と言う単位に決めた。更にその1分を60分割して1秒という単位を作り、季節変化に関係なく時間を固定化した。これを人間が作った時間、「人工的時間」と言うらしい。

動物、植物などのすべて万物は「自然の時間」に従って生き続けてきていたが、人間だけが13世紀頃に自然に対抗して「時間」の概念を作り出し、西欧には機械式(歯車式)時計が教会の屋根に取り付けられたと言う。兎に角『自然に対抗して作り上げたものは、それに対して必ず負のリアクションが生まれる』と私は信じている。この事に関しては今回の「復活私論」の根底に流れる思想であり、この考えに関して詳しくは後で触れるとして、ここでは「人工的時間」がどんな負のリアクションを起こしているかの一例について簡単に触れておこう。

この人工的時間軸を作ったお陰で、過去の記録(歴史)をきれいに整理しての残すことが出来、私達もきちっと計画的に生活できるすばらしい概念を作ってくれたと思えるが、一方で、生物はそれぞれが天から与えられた体内時計を持っており、人間の場合は例えば「脈拍」というリズムを持っている。しかし人間が作った時間の「秒」の周期(時間の長さ)は脈拍よりわずかながら短く設定されてしまった。これが何らかの形で人間に「ストレス」を与えていると言われている。ご承知のようにストレスとは「こころの病の源」なのであり、と言うことは人工的時間が作られた後、つまり13世紀以降「こころの病」の患者が増え続けて来ていることになる。今の世の中を眺めれば「なるほど!」と納得してしまうのだが、その証拠を解説しよう。

現代では「気分障害」(うつ病、躁うつ病、気分変調症など)の患者が日本でも激増しているのだが(2008年調査で患者が約百万人、内6割が男性)、その治療法として『人工的な時間を示す時計類は体から離して一切目に入らないようにし、自然の中で暮らし、夜は照明を用いず、日没後速やかに眠るようにし、日の出に合わせて起床し太陽光を浴びるようにすると、やがてストレスから開放されて治癒される』という方法が取られているのである。

さて話を「歴史」に戻そう。我々は4次元の世界に生きている。つまり方向転換が可能な3次元の空間と、もう一つは戻すことの出来ない「時間」の次元で、我々はその4次元の中で生きている訳だが、時間軸では「今=現在」の前の部分、つまり過ぎ去った時間帯を「過去」と言い、これから来ると思われる先の時間を「未来」と呼ぶ。そして過去においての出来事を綴ったのが「歴史」である。

ところで横道に反れるが、時間軸は元には戻れないと言われるが、もし光の速度より早い物体が作れれば、過去に遡ることが出来るらしい。その光より早い物体に乗って地球から空に向って飛び出して、望遠鏡で地球上を眺めると、「おっと、江戸時代が見える」という具合になり、更に早いスピードで地球から遠ざかって地球を望遠鏡で眺めると「おや、縄文時代が見える」なんていう具合らしい。この程度の話であれば「おとぎ話」を聞いているようで、心地がいいのだが、2011年9月の新聞記事を見て不快になった。その記事によれば、「スイスにある欧州合同原子核研究機構から730km離れたイタリアのグランサッソ国立研究所へ数十億のニュートリノ粒子を発射したが、光の到達時間は2.3ミリ秒であったが、ニュートリノの到達はそれより60ナノ秒ほど早く、光より早い物体が見つかったかも知れない。これはニュートリノが4次元とは別の次元への近道を見つけたのかもしれない。あるいは光速は最速と我々は思い込んでいただけなのかも知れない」という内容だった。たった生命100年ほどの人間が光より早い物体を見つけたからといって何のメリットが有ろうか。過去を覗いてもしょうがない。この実験が測定誤差で有ったとして、「おとぎ話」の世界を壊さないで欲しい。

   (追記)嬉しい事に2011年11月24日の読売新聞にイタリアの研究チームによりニュートリノ「超高速」を
        否定する論文が発表されたという記事が載っていた。万歳!

それでは「歴史は繰り返されている」という話に移ろう。

この話を始める前に、まずはこの「私論」の根底に在る考えを説明しておきたい。私は、世の中にあるすべてのもの、生き物(有機体)、文明、社会、非生命(無機体)などすべてのものが【誕生→成長→成熟→衰退→死/終焉】のサイクルを繰り返していると思っている。そしてそのサイクルにはその対象物によって数億〜数十億年の周期、数千年周期、何百年周期、何十年周期と、その周期の長さは多種あるわけだが、それらの周期がすべて何らかの形でお互いに関係しているのだ。

「生き物」の周期に就いては誰もが周知のことでありここで述べる必要も無かろう。人間も一人ひとりその周期を繰り返しているのだ。
「非生命」(つまり無機体)となれば「鉱物」などがその例だが、それで出来上がっている「地球」ですら、誕生が46億年前で、地球生命は太陽次第なのだが、あと26億年は大丈夫といっている点からも無機体もそれぞれで周期を持っている事が納得出来よう。そして地球が生きている以上、地球上の自然環境も億年周期で繰り返していると信じる。例えば太陽上の黒点の量により地球上の気象に影響が出るといわれているがこれにも周期説がある。

「文明」に就いてはどうか。世界史の教科書に出てくる「世界四大文明」の例で説明しよう。紀元前3500年頃、大河に沿って生まれた「メソポタミア」、「エジプト」、「インド」、「中国」の四文明はその後滅亡し、少なくとも、チグリス・ユーフラテス川や、ナイル川、インダス川、そして黄河に沿って今はもう巨大都市は残っていない。この滅亡の原因は地球上の気候変動と言われている。この辺は安田喜憲著『人類破滅の選択』(1990年6月発行 学習研究社)に詳しい。この著の中で面白いのは、遺跡の地下深くの地層分析をした結果、『旧約聖書』の「創世記」に書かれている「ノアの大洪水伝説」は紀元前2900~2800年に実際にあった大洪水であり、メソポタミアに最初の統一王朝を形成したシュメール人によってか書かれたもので、その後バビロニアからヘブライ人を通して『旧約聖書』まで語り継がれたものと分析している。そして地球の気候変動により大洪水は数千年周期で繰り返されていたと言う。今、タイ国を襲っている大洪水は洪水周期から見てその予兆ではないのか、と不吉な考えが頭をよぎった。

「文化」に関しても、その栄枯盛衰は学校で習う「歴史」の教科書にも書かれている。つまり日本の歴史上、【古代】の白鳳文化(7世紀)から、天平文化(8世紀)、唐風文化(9世紀)、国風文化(10世紀)を経て、【中世】は鎌倉文化(12世紀)、室町文化(14世紀)、そして【近世】に入り桃山文化(16世紀)や江戸文化(18世紀)が栄え、【近代】を迎えて明治時代に栄えた近代文化や大正文化を経て【現代】に入って戦後文化の中で我々は生活している訳だ。つまりは時代時代にそれぞれ特徴を持った文化が百年〜数百年単位の周期で“誕生から繁栄を経て終焉”と質を変えて繰り返して来たことになる。

と言うことは、「時間」軸上での「今=現在」は、地球生命の壮年期に位置し、地球環境は21世紀に入って大気中の温室効果ガス濃度の人為的な増加により急激な「地球温暖化現象」を引き起こしており予断を許さない。そして【欲望の奴隷】と化した「人間中心主義」の「近代文明」は行き詰まり状態の衰退期を迎え、日本の戦後文化も道徳心の薄れた「享楽文化」の真っ只中にあると言える。つまりは文明も文化も周期を持つとすれば、現在は「衰退から死/終焉」のタイミングを迎えているのだ。もし世の万物が周期を持て繰り返しているとするなら、今回の東北を襲った大災を契機に日本人がこころを有るべき姿に変えて行けば、いよいよ次の新しい文明の起こりと、それに沿った新しい文化が日本を中心に生まれて来そうな気がするのだ。


【4】 まずは日本の「教育」から

「日本人がこころを有るべき姿に変えて行けば〜〜」とは言ったが、そう簡単に変えられるものでもない。また『誕生→成長→成熟→衰退→死/終焉』のサイクルを繰り返していると言ったが、「死/終焉」から「誕生」への移行が一瞬にしてガラリと変るものでは無く、その移行にはむしろ「生む苦しみ」がありそれ相応の時間が必要となる。=はじめに=の所でも、この日本のおかしさは「ただただ欧米の文化に憧れて真似してきた生活や教育」に原因が有ると書いたが、現在の日本人口の8割以上が終戦後の日本人の本質からかけ離れた【欧米型人間中心主義】をベースとした教育を受けて来ており、簡単には生活を変える事など出来ない。それを本来有るべき姿に変えて行くには日本人一人ひとりの考えや価値観が変らねばならず、その為には幼児からの教育が根底から変らねばならない。そしてその幼児たちが社会人となり子の親となれば、やっと“国が変れる地盤”が整ったことになる。

しかし昨今その変化の予兆が教育の世界にも少しずつだが現れて来ているように思う。9月のある日、私は中学生用『新しい【歴史】教科書』(自由社)を読む機会があった。私の時代の歴史教科書のように、単に歴史上の出来事を年代順に並べているのとは違い、それぞれの時代の出来事に繋がりを持たせ、それぞれの時代の日本の生き様と、日本人としてのすばらしさを実感させる構成になっている。つまり「新しい教科書」は「日本人として日本に生まれて良かった」と感じるような内容構成であり、これからの教育の世界の小さな変化の予兆を感じた。このようにして少しずつでも教育の内容が変りながら、いずれ“国が変れる地盤”が整った時に、現在のアメリカが作った「日本国憲法」から日本人の手で日本国に合った「憲法」を創ることが出来るのであろう。こうした経緯を経て新しいサイクルの「誕生」から「成長」への時代に入って行くのだと思う。

ひとつ断っておくが、ここで「教科書問題」を議論するつもりは無い。これまでの教育が、つまり「日教組」がどうの、これまでの教科書は「自虐史観、反日度」がどうの、という事をここで言いたいのではない。今の日本の「享楽文化」が変るには、時間が掛かってでも子供達への「教育」から変えて行かねば、サイクルの「死/終焉」から新たなる「誕生」に移行は出来ないと信じているのである。この『新しい【歴史】教科書』の端書【歴史を学ぶとは】のところに印象に残る一文があるので書き出してみたい。

  『世界のどの国民も、それぞれ固有の歴史を持っています。日本にも、みずからの固有の歴史があります。
   日本の国土は豊かな自然に恵まれ、独自の伝統を育てました。古代において日本は、中国に出現し
   た文明から謙虚に学びつつも、自らの伝統を見失うことなく、自立した国家をつくりあげ、着実に歴史を
   歩んできました。欧米列強諸国の力が東アジアを飲み込もうとした近代にあっては、日本は自国の伝
   統を生かして西欧文明との調和の道を探り、近代国家の建設と独立の維持に努力しました。しかし、
   それは諸外国との緊張と摩擦をともなうきびしい歴史でもありました。私達のご先祖の、こうしたたゆま
   ぬ努力の上に、世界で最も安全で豊かな今日の日本があるのです。』

上の文の中の一節「古代から日本は自らの伝統を見失うことなく、自立した国家をつくりあげて来た」の一言には感銘を受けるが、一体いつから自立性を失ってしまったのか。文の最後に「世界で最も安全で豊かな日本」とあるが、確かに日本は1968年(昭和43年)GNP世界第2位の経済大国にのし上がり「安全で物の豊かな国」になったが、「こころ」は豊かであったか。その後は失われた10年、20年と言いながら経済も下降線を辿り、つまりサイクルでは「成熟」期を終え「衰退」期に入り、日本人の「こころ」も次第に荒んで行ったのではなかろうか。


【5】 地球上のCatastrophe(大災)

この章では地球上で繰り返されているCatastrophe(大災)に就いて考察してみたい。第2章『3・11で気づかせてくれたこと』の最後に「日本がこれから世界に向けて何かを発信できるその時を神様が日本に大災を与えることで齎してくれたのでは」と書いたが、そもそも大災は人間の行動によって引き起こされると言うよりも、地球上で繰り返して起きている大型の気候異変に起因している「天災」によって引き起こされているケースが多い。従って我々人間が「こころ」を入れ替え、行動を切り替えたとしても大災を避ける術(すべ)は無いと言えよう。

一方で、第3章『歴史は繰り返す』の中で「人類が文明と称して自然に対抗して作り上げたものが多ければ多いだけ人類へのリアクションは大きい」と書いたが、これを「人災」と言うが、地球上に大型の天変地異が起きた時、この人災が相乗効果を発揮して人類に対して壊滅的なCatastrophe(大災)となって襲って来るのだ。しかしこの大災によって人類が滅亡することは無い。それは第3章で述べた「ノアの大洪水伝説」でも明らかであろう。そしてその「大災」に陥った後に「新しい次のもの」が「誕生」するのである。上述の「ノア」の場合は、その後に「メソポタミア文明」が誕生したのだ。

次に日本の歴史の中でのCatastropheの一例をあげてみたい。貴族中心の時代から武士中心に切り替わってゆく「鎌倉時代」は暗黒の時代の真っ只中だったのだ。つまり400年も続いた貴族中心の華麗なる「平安時代」も後期になると、農地改革などで大きな領地を持つ荘園が成立し、お互いの勢力争いの解決のために一族や農民に武装させる。これが「武士団」の起こりで、清和源氏と桓武平氏との争いに発展して行く。そんな変動のご時世に人民を襲ったのが、「養和の大飢饉(1181年)」である。鴨長明の『方丈記』には「京都の死者は4万2300人」と記されている。また『源平盛衰記』によれば、「天下は大変な飢饉となり、人民の多数が死んだ。わずかに生き残った者も土地も捨てて境を出てここかしこに行き、あるいは妻子を忘れて山野に流浪し、巷にさまよい憂いの声が耳に付くほどである。その年も暮れ、今年は疫病が流行し、飢え死にしなかった人でも病で死んでいった。街頭には死人が多く倒れており、馬車も死人の上を通る有様である。遺体の臭いが京中に満ちて、道を行く人も大変であった」と書かれており、想像もつかないような断末魔的状態にあったのだ。

つまり武士の台頭という時代の変革のタイミングに、とき同じくして異常気象による「飢饉」が重なりCatastropheと化したのだ。すなわち貴族文化の「衰退」から「死/終焉」への局面に入っていたのだ。そしてそんな厳しい時代だからこそ人を救う道として「鎌倉新仏教」が誕生し流行ったわけである。その後は勢力を持った武士による「武家社会」が誕生し、そして成長期を経て「室町時代」という成熟期を迎え、能や茶道、書院造りから行儀作法、そして日本庭園など日本文化の源流とも言われる「室町文化」を生み出して行った。

さてそれでは、一体現在は『誕生→成長→成熟→衰退→死/終焉』サイクルのどの局面に居るのだろうか。


【6】 日本は今『Catastrophe (大災)』のど真ん中

1945年(昭和20年)、終戦を迎えた日本は敗戦国としてどん底の中にあり、東京は焼け野原と化し、その1年前の夏、広島/長崎には恐るべきピカドン(原子爆弾)が落とされ両市は壊滅状態にあり、日本中が地獄の真っ只中にあった。この地獄に到る経緯(いきさつ)は、明治維新後、富国強兵を目指しそして中国やロシアとの対戦に勝ち進んでしまい【世界の強国】に伸し上がってしまった為に、自国の本当の実力を見失う結果となった。そうして軍事国家としての「成熟期」を迎えるも、次第に世界から恐れられて孤立化して行く。しかし所詮は資源の乏しい日本国は近代戦争の血液である石油の道を絶たれ、徐々に国情は「衰退期」に突入し、あせった日本は遂に第二次世界大戦に引きずり込まされ、大国アメリカと対戦(太平洋戦争)することになったが、結局は科学や技術の進歩に遅れを取っており、且つ資源力に乏しかった為に日本は敗れ「死/終焉」の期を迎えた訳だが、この終戦時の状況は前章の『源平盛衰記』に書かれていた姿と変らないCatastropheの真っ只中に居たのであろう。

その後勝利を収めた連合国が占領政策実施の為に日本政府を指導・監督する「総司令部(GHQ)」を東京に置きその長官がマッカーサーであった。しかしアメリカの占領下では、日本国憲法もマッカーサーによってその草案は創られ、また女性開放、労働組合結成、専制政治の撤廃、経済機構の民主化など、政治、経済、教育、文化のあらゆる面がアメリカの手によって戦後改革が行われた。アメリカの指導により農業や産業における経済機構の民主化が進められ、日本国民は「二度と戦争は御免」とばかり、勝利国アメリカの高い生活レベルに憧れ殖産興業に邁進する。近隣で「朝鮮戦争」(1950年)や「ベトナム戦争」(1965〜75年)が勃発すると、その「戦争特需」を得て景気は好調を続け「高度経済成長」の波に乗り、1968年にはGNPでアメリカに次ぐ世界第2位の地位を勝ち取るのである。この頃は国民の7割が皆「中産階級」であると感じながらアメリカのように物の豊かな世界を謳歌した。しかし近代文明があまりにも「化石燃料」に依存していた為に、世界を襲った第1次(1973年)、第2次(1979年)オイル・ショックを経て世界経済は減速期に入る。つまりはこの時代付近が「成熟期」から「衰退期」に入っていったときであろう。1980年代に入りアメリカが軍事費激増により貿易赤字と財政赤字の「双子の赤字」の問題を抱え、1985年先進5カ国(米・英・西独・仏・日)の蔵相・中央銀行総裁会議により実情を反映していない「ドル高」を是正する為に、為替市場への強調介入が決定(プラザ合意)され、その結果急速な「円高」に襲われ日本の国内経済は一挙に不況に陥ってしまう。その結果、バブル経済は崩壊し(1991年)それ以来「デフレ・スパイラル」から脱し切れずに、日に日に状況は悪化しながら現在に到っているのだ。これが世間で言う「失われた20年」の期間である。この「失われた」とは、「何もしてこなかった」という意味で、つまり現在は最悪のサイクル「死/終焉」の局面の中をうごめいている状態なのである。

しかし我々日本は遂に2011年3月11日、天から「三重苦の大震災」という罰を与えられたのだ。つまりCatastropheの真っ只中なのである。


【7】 日本人は「森の民」に戻れ!

今年3月に早稲田大学の異業種勉強会において講演の依頼を頂き、【21世紀はこころの時代】というテーマでスピーチの準備をしていたところ、あの3月11日の「東日本大震災」に遭遇した。なんとも愕いたことに、この未曾有な災害が私達に「こころ」を見直す機会を与えてくれたのである。そこでこの大震災の後の私達の「こころの行動」を捉えながら『遂にこころの時代が到来か』というテーマで今年5月にスピーチをさせて頂いた。

実はこの講演のお陰で「こころとは?」に関して調べてゆくに機会を得たのだが、その結果として私は次のような大胆な結論に到った。

他の動植物とは違い、人間はこの「こころ」を持ってしまったばっかりに、欲望の為すがまま人間中心の「科学」「物理学」などの学問を作り上げそして進化を続け、それと共に【自然(じねん)】から外れて行ってしまったのではないか。ここでの自然(じねん)とは山・川の「自然(しぜん)」の意ではなく、仏教世界の「自ずから然り」という意味で、「人としての道理」を指している。つまりは自然に逆らって創り上げたものはその裏には罪が横たわっていると言う事である。しかし「こころ」を持ってしまった人間は、未知なものは知りたいという欲望に駆られ、欲しいものは必ず手に入れようと努め、楽になろうとして文明を開化させて来たが、それらはすべて自然(じねん)からは外れているのである。人間の都合のいいように作った「時間」の概念も、「数学」も「科学」もすべて地球に対しては逆らった「業」なのであろう。

それでも昔は「文明」は大地と人間の係わり合いの中での誕生し、発展してきたのだが、18世紀イギリスを中心に起きた「産業革命」以降の「近代文明」は「大地」を忘れ去り、大地が醸し出す「風土性」を無視して、資本主義の下、完全に【欲望の奴隷】と化してしまったのである。つまりは人間中心の考えで、「自分さえ良ければ」という価値観である。これが第3章、第4章でも述べた【欧米型人間中心主義】である。欧米人は第1章で述べたように「Y染色体による種族分析」ではR型に属し、地球環境の厳しさに直面しながら進化に進化を重ねた間にいつの間にか「地球をコントロールする」という概念が遺伝子の中に埋め込まれて行ったのであろうか。

第1章で述べた如く日本人はD系統なのであるから、R型のようには進化していない古い古い固有の民族である。「進化していない」と言うと何か「未開発な野蛮な種族」に取られがちだが、そうではなくD型は「人類の根源に近く風土への順応性が高く、自然と共生してゆく種族」なのであり、日本人はそんな希少なD型民族だからこそこれからの地球を救ってゆく代表民族なのだと言うのが私の主張である。

神様は21世紀のリーダーにならしめるべく、この小さな島国の日本に資本主義が齎すありとあらゆる問題の膿を一挙に出して、そしてその課題の一つひとつを乗り切っている苦難の時期が日本の「今=現在」であり、これこそが前に何度も述べてきた「死/終焉」の真っ只中に居る状態なのである。小宮山宏氏(三菱総合研究所理事長/元東大総長)はこの課題を抱えた日本を『課題先進国』と表現しているが、日本がこれまで欧米文化を無条件で取り込んで来てしまったが為に抱えてしまった諸問題、例えば「資源不足」、「低自給率」、「廃棄物処理」、「環境汚染」、「少子高齢化」、「教育・家族・社会の崩壊」、「モラル低下」、「格差社会」、「財政赤字」、「政治腐敗」などの諸問題、そして真新しい「原発問題」など、日本は小さい島国で且つ人口密度の高い国だけに他国より先に問題が顕著化し、つまりはいずれ他国も直面する諸問題を日本は一足先に乗り切っているので確かに「課題の先進国」といえよう。言い方を替えれば、日本は資本主義の成れの果て【欲望の奴隷】となり、その結果引き起こした多くの課題を一足先に乗り切ることによって、将来他国が諸問題を乗り切る際に日本を参考にすると捉えれば、これは立派な世界のリーダーと言えよう。

それでは21世紀のリーダーになる為に我々はどう行動すればよいのか。それは我々のDNAの中にヒッソリと残っている「森の民」精神を一人ひとりが取り戻して行くことであろう。それでは「森の民」精神とは何か。

日本人は太古の時代から森の中で生まれ育って来た。森はこんもりと木々に覆われブナやドングリ、クルミなど食料にも恵まれ、綺麗な清水が湧き出ており、そんな森も「誕生」から「死/終焉」までのサイクルを繰り返しながら絶えず変化しており(諸行無常)、それに逆らう事無くそこにあるがままに従って(自然=じねん)、生活を営んでゆく精神のことである。今回の「東日本大震災」によって、まだ日本人の「こころ」にはこの精神が残っていることを知らされた。つまり「がんばろう!日本」の精神だ。これは自分中心の言葉ではなくて、相手を慮って発せられたシグナルなのである。そして自己中心の国々の人々から「がんばれ!日本。あなた達はひとりじゃあ無い」と言ってきてくれたのは、Y染色体分析によるD型民族の魅力(冷静沈着)が認められたからだと信ずる。

具体的に我々はどう「行動」すればよいのか。それは日本人が持つ本来の気質「ひとさまの為に」をモットーに行動を取ればいい。欧米文明のように「自分がよければいい」という理念は結局「欲望の坩堝」に嵌り、行き着く所は甚だしい格差社会であり、日本人にはそもそもその気質は合わないので、結局は「こころ」満たされず幸福感に浸れないで居るのだ。

実は日本にだけある日本固有の宗教がある。それは「神道(しんとう)」といい日本古代から生まれていた宗教で「人としての道」を説いているが、明確な「教義」や「経典」が有る訳ではないので、古代から延々と日本人の「こころ」の中に生きてきたと言える。これは森羅万象に(つまり気象や地理地形にも)「神」が宿っているという考えで(八百万の神信仰)、我身を包むありとあらゆるものに神が宿っているのだから、それらと一緒に生きてゆこう(共生)という考えなのである。日本人は誰もがこの考えのDNAをこころの中に持っているということである。この「神道」の精神は地縁、血縁などの共同体(部族や村など)を守る信仰とも言え、時間軸で「過去」での「ご先祖」を大事にして、そして「現在」では欲望の坩堝に嵌らぬように「少欲知足」の精神を貫き、そして「未来」に対しては、子供や孫の世代に負の遺産を残さないような行動を取るよう心がけて行けば、それが「人様の為に生きている」という結果となる。この考えと行動は、自分の「幸福感」に繋がり、現在の世の中が「死/終焉」の局面にあるとすれば、これから少しずつ新たな「誕生」の局面に向って行くはずだ。きっと40~50年先にはこの道先案内人が「日本人」だと言うのが私の結論、「日本復活私論」なのである。


あとがき=

このエッセイを書いている最中でも、世の中の出来事が、「そうだ!その通りだ!」と私の持論を裏付けるような事ばかりが起きていて私としても心強い。そのほんの一例だが、11月ブータンの国王夫妻が来日したが、テレビのニュースでその衣装を見ても何か明治時代からワープして来たように感じその民族衣装に私は違和感を持たない。そしてブータンには“GDP”よりも大事な指標“GDH”(国民総幸福度)が有ることを教わった。

ブータン国王が11月20日、日本の国会で行った演説の中で「東日本大震災」に触れた一部を書き出してみよう。

 『皆様、日本および日本国民は素晴らしい資質を示されました。他の国であれば国家を打ち砕き、無秩序、
  大混乱、そして悲嘆をもたらしたであろう事態に、日本国民の皆様は最悪の状況下でさえ静かな尊厳、
  自信、規律、心の強さを持って対処されました。文化、伝統および価値にしっかりと根付いたこのような卓
  越した資質の組み合わせは、我々の現代の世界で見出すことはほぼ不可能です。すべての国がそうあり
  たいと切望しますが、これは日本人特有の特性であり、不可分の要素です。このような価値観や資質が、
  昨日生まれたものではなく、何世紀もの歴史から生まれてきたものなのです。それは数年数十年で失われ
  ることはありません。そうした力を備えた日本には、非常に素晴らしい未来が待っていることでしょう。この力
  を通じて日本はあらゆる逆境から繰り返し立ち直り、世界で最も成功した国のひとつとして地位を築いて
  きました。さらに注目に値すべきは、日本がためらうことなく世界中の人々と自国の成功を常に分かち合っ
  てきたということです。』

上文は演説のほんの一部分なのだが、「品格」を感じてしまう内容であり、長い歴史を通して日本を良くご存知の方と感心させられた。一方でむしろ日本人が忘れ去ってしまっているものを思い起こさせてくれたのではとさえ感じてしまう。国王の来日は日本の古(いにしえ)に私達を戻してくれたのであろうか。ブータンはチベットの山岳地帯の国で日本人と同じD系統の人種であり、やはりこれからはD系統の人種がこの地球を救って行くのだろうか、なんて考えながらホットした気持ちで筆を置く。

<完>

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