塩の道 第2章 緊急報告


【峠ションと石ぐそ】

塩の道第2幕は秋葉街道の2つの峠超えが最大の山場である。5月3日 第2幕の二日目も快晴の朝で始まった。一晩世話になった民宿「植山食堂」があるのは「西渡」(にしど)。深い山々にスッポリと包まれた小さな村落で切りだった渓谷の斜面に張り付くように民家が建っている。西渡は天竜川と水窪川(みさくぼがわ)の合流点で昔は水路の港として繁盛していたそうだ。山頭火が;

   『水あふるる 山のをとめの うつくしさ』 

と詠んだと石碑がたっていた。


この日 南信濃村・遠山郷に辿り着くにはどうしても西渡から水窪までバスで出ておいたほうが安全と判断、5:30起床して7:10発のバスに乗る。8時、水窪から歩きスタート。ただひたすら秋葉街道を一人歩く。私を4輪の自動車や2輪のバイクや自転車が抜いてゆく。きっと彼らは「この文明の時代に何を好き好んで歩くのか」と笑っているのだろう。


途中「田楽の里」にてお土産屋に入って地元の人と談義。すると「この裏に秋葉街道の旧道がありますよ」と教えてくれる。早速舗装道路からその旧道に。一挙に暗くてジメジメした細い山道に変わった。なにか一人歩きが不気味だ。「ヒルが異常発生しているので要注意!」なんていう立札がある。気味が悪い。やっと青崩峠入り口に辿り着く。車もここまで。ここからおよそ20分。峠に辿り着くと車で来た2組のご夫婦と思われるグループに遭遇。「おはようございます」と挨拶し合う。すると「あなたは偉いねぇ。さっき貴方を道で抜きましたよ」と女性の方が言うと、ダンナと思われる方が、「やっぱり 若いというのはいいよな〜〜〜ぁ」と言う。そこで私のセリフ、「私は定年退職して こんな馬鹿なことができるのです。もう61歳になります」と言うと男はバツ悪そうな顔に変わり、そして女性の方が男に向かって「あなたもがんばらなくちゃ〜〜ぁ!」と言う。そしてその中年のカップル達は楽しそうに山を降りていった。私は このように一人歩きをすることで 人様に”頑張る力”を与えたかも(?)と幸せな気持ちになった。


一人残された私は この峠から熊伏山(1653m)登山道に少し入り暫く行くと青崩の急斜面の上に立てるのだ。もう誰あ〜〜れもいない。遠く遠州方面(静岡県)がクッキリと見え、そして後ろに向きを変えれば これから行く長野県・遠山郷方面がこれまたくっきりと見える。遠くアルプスには真っ白な雪が被っている。


おや! なぜか尿意を催す。よしここから思い切って放水してみよう。神様にお祈りして許可を得て 大空間に向かって放尿した。最高の場所から最高のこと(排泄欲の処理)をしたように感じた。これが「峠ション」。 なんと私は幸せものであろうか!!


さて翌日(5月4日)はもう一つの難所 「地蔵峠越え」である。朝から歩き始めて上村に辿り着く。このまま歩いては峠を越えて大鹿村まで夕方に着けないと判断し 上村にたった1台のタクシーに乗り地蔵峠登山口まで4輪の力を借りた。地蔵峠登山入り口にある「大島河原キャンプ場」の管理人に、素人でも大丈夫ですかと聞くと、「まあ 木に赤いマークを付けてきてあるから、それに沿ってゆけば何とかなるよ」と私の体型や身なりをジロジロみながら説明してくれた。 


ちょっと不安になったのだが、地元の主がジロジロ見ての判定結果「何とかなりそう」と ジャッジしてくたことに誇りを感じて挑戦開始。最初の上りは道もしっかりしていて(車も走れる幅)この程度ならと思っていた矢先に、車が2台止まっている広場にでると そこでピクニックしているグループがいた。そこで車は行き止まり。どこを探しても道らしい道が見当たらない。ピクニックしている連中も「この先に行く道があるのですか?」なんて私に聞いてくるので心細くなる。川の対岸の遥か上流に 赤いテープをつけた木が目に入った。ごろごろした岩場、どうやって対岸に渡るのか?? なんと少し戻ったところに小さな材木で岩の上を渡してある小さな橋らしきものが目に入った。そして赤いテープを頼りに上に上にと登る。道の斜面は崩れやすい地盤らしく、それで道が消えてしまうので 目のレベルに赤いテープを付けてくれているのだろう。

しばらくその絶壁のような斜面を「藪こき」に近いような姿で挑戦していた時に、さて次の赤いテープは?と探しても360度 どこにも見つからない。この時が怖い。「どうする?どうする?」と自分に問いかける。なぜなら そこから今登ってきた斜面を降りることも すごく滑りそうで難しいからだ。「いっそ、もう少し登って平らなところで考えるか?」とか、「いや今すぐ戻らねば 登ってきた道程すら分からなくなり危険だ!」とか考えが頭を掻きめぐる。やっぱりさっきの赤いテープまでゆっくりと戻ることにした。これが怖いのだ。ズズズズと行きそうで!!さっきの赤いテープが見えるとホットする。戻って分かるのだが 赤いテープの木から 今度は方向を変えてちょっと下に戻った方向に次の赤いテープが見えるではないか。そこで気がついたのだが、赤いテープが付いている場所は 方向が変わる場所なのだ、だから付けてくれているのだ。ところが人間は 沢沿いに道はあるのだろうと早合点して勝手に歩いてしまうのだ。


しばらく行くと 先に大きな砂防堤防が見えて沢の水が滝のように落ちている。そして木々の間からごそごそ動くものが感知された。なんだ? 動物か? それとも誰かがいるのか? こんな山の中に? チョット緊張がはしる。そ〜っと側に近づくと、どうやら人間のようだ。相手も私の方をみている。なんと【いわな釣りの人】だったのだ。彼は地蔵峠の方から下りながら沢釣りをしているのだ。お互いに記念に写真を取り合い、彼から 途中で拾ったという「鹿の角」を頂く。これは自然に鹿から折れた角であり 縁起物として珍重されているそうだ。何個目の堤防脇を通過しただろうか。突然一面に「賽の河原」のように岩の沢が広がっている。だぁ〜〜〜〜〜れもいない。本当に別世界のようだ。

どうゆうわけか、この沢に出た途端に腹が排泄したいと我脳細胞に訴えて来たのだ。周りを見渡しそして神様に祈って許可を貰って この広大な沢に石を重ねて「即席便器」を作り そこで排泄作業をさせて頂いたのだ。静かだ! 鳥の鳴き声、河原のせせらぎの音、そして排出のごく自然の音、 何と平和なのだろう。排泄欲の正しい処理の後は本当に幸せの気持ちになれた。作業が終了するとやたらに多い石ころをその現場に覆いかぶせて何事もなかったように処理した。これ名づけて 「野ぐそ」でないので「石ぐそ」とでも呼ぼうか!


あ〜〜〜〜ぁ スッキリ! 忘れられない体験である。


<完>

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