小説風チョットまじめなお話『企業不祥事と継続企業の条件』 04・7月

  <リンク 目次>

小説風 チョットまじめなお話
「なぜ大人のひとが頭下げているの?」 『変革期と企業不祥事』
「”銀座”が ずいぶん変わっちゃった?!」 『黒船来襲と失われた10年』
「近所の魚屋で ダンナにそろそろ焼き魚たべさせなさいだって」 『企業の社会的責任』
「お父さん うちの家宝の壷 割っちゃいました。ごめんなさい」 『新遊民と戦死者』
「このままじゃ、会社がつぶされちゃうよ。」 『継続企業の条件』
「おい! あいつが事業を起すって 本当か?」 『日本経済再生の道』
最終章: 唐松家の会話・白樺家の会話・ある公園での会話

1)             「なぜ 大人のひとが頭を下げて謝っているの?」

<ある家庭での夕食時>

 唐松光多郎 35歳 妻と5歳になる息子一人の3人家族。光多郎の父親は自転車

部品製造で長年真面目一筋に生きてきた町工場社長だが、昭和50年代に「安全性が

高い自転車アクセサリー」を開発し、それが大手自転車メーカーに採用され、地道な

がらも一歩一歩商売を拡げ、従業員50名ほどの規模の会社に成長した。光多郎は工

学系大学を卒業後、数年総合商社に勤めるが、そもそも技術畑の光多郎は暇さえあれ

ばオヤジ譲りの性分か機械の開発に没頭し、数年前に自分の設計した「家庭健康器具」

を是非ともインターネットを使って販売をしてみたいと、父親と相談の上、商社を退

社して父親の会社に入り新しい事業興しに挑戦した。自分の大学時代の同朋にもこの

新事業に参加してもらい、ほぼ順調にビジネスは軌道に乗り出していた。

そんなごく一般的な平和な家庭の夕食団欒時、TVでは丁度ニュース番組が流れてい

た。 その時5歳になる息子が、

  「お父さん、 なんであの人 頭を下げているの? TVで昨日も ズーーッと

前も別のオジサンが頭下げているのを見たよ。お父さんも 会社でああやる

の?」

ドキッとした光多郎は、説明に窮したが、

  「お父さんは そんなことしてないよ。あれはね、おもちゃを作っている会社が 

   そのおもちゃで子供が怪我をしてしまって “御免なさい。もうそのおもちゃ

   は危険なので売りません。本当に申し訳ございません” と謝っているのだ

   よ。」

しかし光多郎の頭の中では、何か息子に正しく説明するのが難しく歯痒さが残って

いた。実は光多郎には「明日はわが身ではないか」という気になる一件が頭を過ぎっ

ていたのである。

 

チョットまじめなお話(1)> 『変革期と企業不祥事』

実は今 世の中は大きな変わり目(かっこよく言えば“変革”)の中にいる。この

変革の中では その変化している状況をなかなか正しくは理解しずらい。実は毎日

少しずつ変化しているのに それをいち早く感知しその変化に対応して行かねば淘

汰されてしまう時代なのである。

そのような現象は特に地方の中小企業や、大企業の下請け工場に日常茶飯事のよう

に襲っている。おそらく現在の歴史的な大変化は 丁度我々が学校での歴史の時間

に第一次産業革命(蒸気機関)/第二次産業革命(内燃機関)を教わったように、

今から100年後の歴史の本には今の時期を『ボーダレス革命期』なんて呼ばれて

載っているのかも知れない。

 

英国での第1次産業革命では蒸気機関が発明され 蒸気機関車が走るようになるの

だが、この変化の真っ只中では煙を出して走る機械の“おばけ”に対して、馬車を

走らせていた会社は「真っ黒な煙を吐き散らす“おばけ”が馬車に置き換わるはず

など無い」と主張し、また女工を使っての手編みの織物産業でも「なんで機械が女

工の仕事を奪ってしまうのか」とクレーム続発だった言うが、しかし変化に気が付

かず現状維持を固守していたそれら企業は次第に市場から姿を消して行ったそうだ。

 

20世紀の後半はコンピュータによる情報革命期で第三次産業革命とも言われてい

たが、21世紀に入った今、コンピュータ間のネットワーク化により、インターネ

ット機能が全世界に張りめぐらされ 新たなる産業革命期に入っていると言われて

いる。昨今の“企業不祥事”はこの第四次産業革命突入期だからこそ多発している

のだろうか。

 

   さてわが国における最近の企業不祥事を分析してみると、殆どの業界で発生してい

   ることがかる。政府・官公庁でも“不祥事ばやり”であるのはご承知の通り。

業界

不正行為、法令違反、反社会的行為

企業例(ごく一部の例です)

食品

医薬品

電機

自動車

建設

エネルギー

通信

流通

医療

商社

コンサル

レジャー

金融

食中毒、偽装行為、無許可添加物

薬害

水増し請求、新株引受*

リコール隠し

手抜き工事、談合、ヤミ献金

臨界事故 トラブル隠し

個人情報漏洩

偽装表示、不動産投機、利益供与

医療ミス、診断書改竄、虚偽記載

不正取引、不正貿易、不正入札、談合

不正入札、インサイダー取引、不正経理

リゾート開発、過剰花火打ち上げ

損失補填、不良債権隠蔽、不正取引

雪印乳業/食品、協和発酵、ダスキン、ヤクルト

ミドリ十字、

NEC, 東洋通信機、ミニベア、日立

三菱自動車、三菱ふそう

クボタ、間組、大林組、鹿島建設、大日本土木

東京電力、中部電力、三菱石油

ソフトバンク,ジャネットたかだ

ニコマート、高島屋、

日大板橋病院、慈恵医大、東京歯科大

三井物産、三菱商事、住友商事、伊藤忠、丸紅

東京スタイル

日本航空、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン

野村證券、日興證券、大和銀行、三菱銀行

                       参考: ニッセイ基礎研究所の資料に加筆

  

これら企業不祥事の殆どがインターネット世界を利用しての『内部告発』によって炙

り出されているのである。また最近の不祥事は“ふとどきな社員”がたまたま起こし

た事件ではなく、むしろ“まじめな社員”が会社のために事業現場で意図的に行った

不正・違法行為が多い事は つまり企業の本業において「内部」が蝕まれているので

あろう。

 

2)             「“銀座”が ずいぶん変わっちゃった?!」

<ある夫婦の会話

    白樺寮太 59歳 妻と一姫二太郎の子供二人で4人家族。しかしすでに子供は

  それぞれ結婚して独立しており今は夫婦二人だけの生活である。寮太は大手建設会社

  に勤め定年まじかの年齢を迎えているが、定年前の最終コースの常任監査役を昨年6

  月から勤めている。監査役を拝命した時には、これまでの先輩諸氏から「監査役とは

  会社人間として最後の楽なお勤め」と聞いていたのだが、実際は監査役協会に入会し

  て研修会に出席を重ねて行くうちに、とんでもなく時代は変わっており監査役の職務

  責任の重さは聞いていた話とは全く違った時代が到来していることに気づかされたの

  である。寮太が監査役協会の研修を終えて帰宅し妻との夕食の一時 妻から思いがけ

  ない話が出た。

   「ねえ、お父さん。さっきTVの番組でやってたけど 最近の“銀座”ってずいぶ

    ん変わったそうね。 銀座の一等地のビルは欧米のブランドや中国・韓国系に制

    覇されていると報道していたわ。」

  なんで突然 妻から“銀座”の話が出るのか寮太は疑問に思ったが、そうか。今月

  我々の結婚記念日の月で そういえば毎年 銀座に出てチョット贅沢をしていたのだ

  が、去年の夏、いつも行きつけのクラブは銀座の変化に追従出来ず閉店してしまい 

  最近は妻を誘って銀座に出る機会が失せていたな、なんて勝手に思いをめぐらせてい

  た。夕食をしながら たわいの無い話を重ねている内にTV番組は大河ドラマ新番組

  「新撰組」に変わっていた。TV画面は近藤勇が黒船(第一産業革命の産物“蒸気

  船”)の来襲に驚きと興味を抱いている場面だった。

  “黒船来襲”で寮太は今日受けてきた監査役研修の内容を思い出していたが、妻には

  別の角度から話を繋いだ。

「変わったのは銀座だけではないんだよ。バブルの崩壊後、日本はデフレ・スパイ

 ラルから脱しきれず長期に亘る経済不況で どんどん外資に占領されてしまった

 のだよ。証券会社も、生命保険会社も、大型リゾート・パークも、そしてゴルフ

 場までも外国資本に買い漁られているのだ。全く黒船の来襲だよ。」

すると妻が、

「だけどこんな不況下では、経営者が外人に変わるだけで その事業が継続するの

 だから、結果的に失業者を更に増えるのを食い止めていると考えれば やむを得

 ない事よね。」

   寮太は妻の“失業者”の言葉で今日の研修からの帰り道 新宿駅前広場の雑踏の中

   ですれ違ったホームレスの男の顔が思い出された。どこかで会ったような気がする

   のである。

 

チョットまじめなお話(2)> 『黒船来襲と失われた10年』

  実は本当に「黒船の来襲」が日本の経済社会に襲ってきていたのだ。TVドラマ

 のシーン、近藤勇が驚いていたような初来襲は 今から10数年も前、日本が地価

 の限りない上昇“という「土地神話」に酔いながらバブル現象に浸っていたころ、

 米国は不況の中にあり 何とか日本の爆走を食い止めようと「円高ドル安のアンバ

 ランス」を正す戦略として『外国為替規制緩和策』に打って出る。1995年4月、

 忘れもしない1ドル80円を割り 一時は史上最高値 79円を記録したのである。

 そして不幸にしてこの年「大和銀行ニューヨーク支店事件」が起き、たった一人の

 行員による10億ドルを超える巨額損失事件発覚。この時 銀行そして日本政府の

 対応が日本感覚で処理する態度を取り 全くアメリカ金融当局を無視してしまった

 のだ。これらの情勢から、 1996年11月 橋本首相がいち早く“世界で孤立

 した日本”を察知して“国際的に調和の取れた日本”を創らねばと『日本型ビック

 バン』の草案作りに入り、 2001年から“新生日本”をスタートさせる構想を

 練り上げていたのである。 

 

 ところで“ビッグバン”の命名の元祖はイギリスのサッチャー首相で1986年破

 産寸前のイギリス経済の抜本的な建て直しを図るべく政治生命を賭けて、ロンドン

 の資本市場の改革に取り組み これを“ビッグバン”と呼んだ。その前例に習い何

 とか日本の急場を脱したいと橋本首相も判断し “外国為替の規制緩和”から始め

 て行くが、景気を回復させようと、「所得税の特別減税廃止」、「消費税率 3%

 から5%へ」、「社会保険料の負担増」などの手を打って出る。しかし結果は益々

 景気を冷えさせてしまい、橋本首相の本願「財政構造改革」は手付かずに終わるの

 である。

米国ムーディーズの国債の格付け

格付け 主要国
Aaa 米国、英国、ドイツ、フランス、カナダ   
Aa1 ベルギー
Aa2 イタリア、ポルトガル
Aa3 台湾、香港
A1 チリ、チェコ、ハンガリー、ボツワナ
A2 日本、イスラエル、ギリシャ、南アメリカ
ポーランド

1989年ソ連の崩壊により、12月マルタ
島における“東西冷戦終結宣言”がなされ
メリカが世界で唯一の超大国として君臨す
る。 

一人お山の大将に上り詰めたアメリカは 世
界を“アングロサクソン型資本主義*)”
にシフトさせようと「グローバリゼーショ
ン」
のお題目を唱え“黒船”を全世界に向け
て出
航させたのだ。そして世界中がアメリカ
の“リスク管理手法”を真似すように仕向け
のである。1990年代 バブル期からの
脱出に失敗した日本はデフレスパイラル
   
に巻き込まれ日本企業は全くパワーを失いアメリカの脅威に振り回されて行く。


   人はこの後10年間
を『失われた10年』と呼んでいるが。上に記載の「米国格付
   け
会社ムーディーズ国債格付けランキング」をご覧頂きたい。日本国の信用度は何
   とイ
スラエルやポーランドと同クラスなのである。

           (*) 参考:「図解日本版ビッグバン」(今井潔著 東洋経済新聞社)

 

3) 「近所の“魚屋”で ダンナにそろそろ焼き魚を食べさせなさいだって!」

 <唐松家の日曜日

唐松光多郎は新事業がインターネットを介して面白いように業績が拡大して行く状

況に満足しながらも、余りの急成長に気味の悪さも感じていた。最近、仕事の超多

忙を理由に家族の存在も忘れ連日深夜の帰宅を繰り返していたが、今日は久しぶり

にのんびり出来た快晴の日曜日。近所の公園に野球のグラブ、ボールとバットを持

って出かけ家族三人でのノックやキャッチボールで汗を掻いてきたところだ。

 

    久々の家族三人での夕食が楽しめると妻も鼻歌混じりに料理作りに精を出しなが

    ら、

「ねえ、あなた。今日 あそこの魚屋に行ったら、“そろそろダンナに焼き魚を食

 べさせてよ”だって。失礼よね〜〜ぇ。他人の家の夕食内容を指図するなん

 て!」

   すると、光多郎が、

   「へ〜〜ぇ。所で今夜は 焼き魚ですか?」と問いかけると、

   「実は そうなの。今夜は さ・わ・ら(鰆)。」

   「それじゃ〜〜ぁ、魚屋の勝だね! あそこの魚屋は先代の時からすごかったよ。

    子供の頃 母に連れられて買物に行った時の事を思い出すが、その魚屋の先代は

    固定客の家族構成をすべて調べ上げており 顧客それぞれが前回はいつ魚類を買

    ったかまで覚えていて 暫く魚を食べていない客が来ると “そろそろ どう

    ぞ”と薦めるから お客をその気にさせてしまうのだよ。 先代の息子さんも

    そのまま精神を引き継いでいるんだなぁ。これこそ本当のマーケティング力だ

    と思うよ。 昔から変っていないんだなぁ。」と一挙にしゃべったが最後のセ

    リフは一人で納得するようにつぶやいたので 妻には何の事か意味が解せなか

    った。その時突然 妻が、

 「最近帰りが随分と遅いですが 会社で何かあったのですか? 夜も随分寝つき

  が悪いんじゃないの? だって寝返りばっかり打っているじゃ〜ないです

  か。」

 「うっ!!」遂に来たか、その質問が。しかし光多郎はこれから始まる楽しい家

  族団欒の夕食の一時に水を差してはいけないと思い さらりと返事した。

「ネット販売している“家庭健康機器”がここに来て不良が多いんだよ。今、会社

 で全力を挙げてその原因究明しているのさ。もうすぐ解決すると思うよ。」

 

チョットまじめなお話(3)> 『企業の社会的責任』

 実は日本がバブル崩壊後、日本企業がその体力を弱めて行く一方で、インターネ

 ットによるボーダレス化により日本メーカーは世界での競争力を維持する為、低

 賃金の東南アジア、中国へ生産拠点を移し、急速に「空洞化現象」を加速させて

 行く。

 一方21世紀に入り 世界は人類の文明の進化が地球を破壊させて行くとして「地

 球環境保全」を重視して行くようになり、企業には「社会的責任」(CSR*)が

 強く求められる時代が到来する。CSRの一技法として「コンプライアンス経営

  **」が注目されている。

         *CSR=Corporate Social Responsibility =企業の社会的責任

        **Compliance 経営= 法律、規則の遵守 + 企業倫理、誠実性の遵守

 

 つまりこれまでは企業が儲けるために物を作り消費者に提供し続け、例えそれが

 自然の破壊に結びつこうが法を守ってさえいれば 企業が豊かになるのであれば 

 かまわないという姿勢(利益追求型経営)であった。しかし “社会を荒廃させ

 ながら企業が発展を続けられるはずがない”と気が付いた人類は『会社人間』か

 ら社会人間』に変わろうと行動し始めているのだ。従って21世紀は『こころ

 の時代』とも言われている。

 

 昨今のマーケティング手法に関しても横文字の氾濫で完全に米国勢に牛耳られて

 来ているが、しかし「企業の社会的責任(CSR)」言い換えれば“世のため人の

 ためという社会的使命に基づいた経営理念”は今に始まった訳でもなく日本には

 昔から存在していたと思う。 つまり昔の魚屋、八百屋などが持っていた商売の

 掟、そしてタタミ職人、ふすま職人、壁職人、石工などそれぞれが持っていた匠

 技のように、それぞれ個人(そして企業)が本来担っているはずの社会的役割を

 ベースにした活動(そして経営)をもう一度取り戻すの21世紀と言うなら 我

 ら日本の得意とするところではなかろうか。

 

 これからの21世紀はこの“社会的責任”に対して 大企業から小企業、そして

 商店から各家庭に至るまであらゆる組織が自ら率先して真っ向から取り組んで行

 かねばならないテーマである。多くの大企業はすでに毎年決算期には『環境報告

 書』を発行し 如何にこのテーマに取り組んでいるかを株主に報告している。こ

 れからの「優良企業の条件」とは利潤を上げているだけではダメで、如何に社会

 的責任を認識した経営施策を取っているかが大きな判定条件となる。

 

CSRをめぐる日本企業の取組事例】 (読売新聞 03年11月21日記事)

リコー

社長直轄組織としてCSR室を設置

03年1月

西友

社会環境グループを設置、CSR活動をPR

03年1月

ソニー

社会環境部を環境・CSR戦略室に拡充

03年3月

アサヒビール

CSRの視点に基づいた原材料購買基本方針を作成

03年5月

イトーヨーカ堂

事業活動で生じた価値を数値化するCSR会計導入

03年9月

松下電器

社長直属のCSR担当室を設置

03年10月

シャープ

CSR推進室を設置

03年10月

日本IBM

CSR推進組織を新設

03年11月

住友信託銀行

CSRに積極的企業に投資するSRIファンド

03年12月

日本政策投資銀行

CSR取組度合いで企業の格付け、低利融資

04年4月予

 

4) 「お父さん うちの家宝の壷 割ちゃいました。ごめんなさい!」

  <白樺家での出来事

白樺寮太が監査役となってからは、夜の接待も殆ど無くなり定時の帰宅が出来て妻

との二人での静かな夕食が多くなった。 今日もすでに帰宅後ひと風呂浴び 居間

で夕刊を広げている時ある三面記事で目が止まった。突然今朝の通勤中の出来事が

思い出され、丁度そのときに妻が出来あがった料理をテーブルに運んで来たタイミ

ングと重なり話し掛けた。

「今朝の通勤は、電車が遅れて、会社に着いたのは30分以上も遅れてしまった

 よ。」

すると妻が、

「またなの〜〜? 2日前にも遅れたって言っていたじゃないの。また人身事

 故?」

「実はそうなんだよ。隣の駅だってさ。それもいつも私が乗っている電車に飛び

 こんだらしいよ。」 そこで、妻が、

「止めてよ。そんな話。食事の前に気持ちが悪くなるから。」

そして妻がビール瓶とコップ二つを持って席に着いたので 寮太はビール瓶を受け

取りまずは妻のコップにビールを注ぎ、そして二人で軽くコップを顔の高さに持ち

上げて“乾杯”の格好を取ってから、お互い冷たく冷えたビールを一気に口に運ん

だ。湯上りでほてっていた寮太の体にその冷たいビールが広がってゆく心地よさが

「平凡な生活からの幸福」を実感していた。とその時 空になった寮太のコップに

妻がビールを注ぎながら、

「実は インターネットで買った“健康機器”を使って足でペダルを漕いでいたら

 突然ペダルがポッキンと折れて床の間の方に飛んで行き 壷を割ってしまった

 の。ごめんなさい。」

ビックリした寮太が目線を床の間の方に向けると、確かに有るべきところに我家の

家宝の壷は無かった。

「メチャクチャに割れちゃったのか?」と寮太は 壷の端がチョット欠けた程度と

期待をしながら聞いたつもりだが、あまり意味の無い問い掛けと気が付き、慌てて

「ところで おまえは それでどこも怪我はしなかったのか?」と言い繋いだ。

「私は大丈夫。ペダルがポーンと飛んだ時、足が急に伸ばされて 一瞬つったよう

 な感じがしたけど、別段どこも怪我しなかったみたい。」

「それは良かった。しかし やっぱりな! う〜〜ん!!」

すると妻が 不思議そうな顔をして、

「なんですか、やっぱりとは。私がそんな事故に遭遇することが分っていたのです

 か?!」

「違うのだよ。最近Webを覗いていて、あるサイトで 例の買った健康器具が部品

不良により事故が多発していると“告発記事”が載っていたと記憶しているのだ。

もう一度サイトを調べて、我家は大損害を受けたのだから 製造メーカーにクレ

ームしてみよう。」

 

チョットまじめなお話(4)> 『新遊民と戦死者』

この変革期(第四次産業革命?)の真っ只中にあってこれまで述べてきたように日

本企業の蘇生を考える以外に、もう一つ根本的な問題が有るのでは無かろうか。

年齢別死亡数と原因

*国立社会保障・人口問題研究所 03年度資料

年齢

死亡原因順位

 

 

 

 

 

1位

2位

3位

0〜9

3

2

先天奇形等

呼吸障害

不慮の事故

10〜19

2

1

不慮の事故

悪性新生物

先天奇形等

20〜29

6

2

不慮の事故

悪性新生物

自殺

30〜39

8

4

自殺

不慮の事故

悪性新生物

40〜49

19

9

悪性新生物

自殺

心疾患

50〜59

55

26

悪性新生物

心疾患

自殺

60〜69

100

46

悪性新生物

心疾患

脳血管疾患

70〜79

156

97

悪性新生物

心疾患

脳血管疾患

80〜89

136

161

悪性新生物

心疾患

脳血管疾患

90〜99

41

88

悪性新生物

心疾患

脳血管疾患

100以上

1

4

悪性新生物

心疾患

肺炎

合計

527

440

(単位: 千人) 

 

 

日本がバブッている頃、
“日本は経済戦争に大
勝を収め経済大国にの
し上がった”と世界か
ら注目されたが、その
経済戦争に埋没してい
る間に一番大切な「若
い労働意欲」を喪失さ
せる方向に走ってしま
ったのではなかろうか。
日本の若者は 少子化
を背景に過保護に育て
られ、反抗期も経験せ
ず打ち込
めるものが見
つからずに無気力感が
まっている(平成の
新遊民)、と日
本自殺
予防学会が指摘している。

       (参考: 日本経済新聞 連載記事「2020年からの警鐘」。 “遊民”とは 夏目漱石が
            
「彼岸過迄」などで描いた明治時代に仕事にあくせくすることを 自分を汚す
            ものだと考えていた若者たち)

 

前ページの表をご覧頂きたい。年齢20歳から60才前の働き盛りの年代の死亡原

因のトップ3に「自殺」がランキングされるという何とも“もったいない話”なの

である。さらに特筆すべきは 自殺の中で中高年層の鉄道・人身事故が昨今多発し

ている事である。この原因は長期に続く不況から、突然のリストラ、銀行の貸しは

がし、貸し渋り、そして会社のため不正行為に走らされその自責の念、それら背景

から引き起こされる家庭不和などなど 原因は多岐に亘っているが、これは経済戦

争が生んだ巨大な戦死者を意味しているのではなかろうか。これから日本全体が健

全なる体質を取り戻すには 一人一人の『心』から入れ替えねばならぬのであろ

う。やはり21世紀は 間違いなく『こころの時代』と言える。

 

5) 「このままじゃ、 会社がつぶされちゃうよ。」

 <ある割烹にて>

    「どうした、光多郎。突然呼び出したりして。会社の中では話しづらい事でもあ

     るのか?」

    「お父さん、すみません。別段会社でもかまわなかったけど、久しぶりに二人だ

     けで一献傾けたいと思ってさ。」

    その光多郎の出方でちょっとほっとした父の方から、

 「実は私からも光多郎に話しておきたい事があったから 丁度良かったよ。」

 まずは光多郎の方から話を切り出した。

 「父さんの会社に入って新しくインターネットを使った商売も順調に伸びようと

  しているけど、このままじゃ いずれ会社が潰されちゃうと思って2つの相談

  があるんだ。」

この話の切り出しに、父の顔も一瞬緊張気味に変わった。

「一つは、例の“家庭健康器具”の品質問題だが、その原因究明したところ、どう

 も軽量・硬質と言われて採用したペダルの素材に問題がある事が分かったんだ。

 確かにあの時 私たち新参組が価格を優先して父さんの片腕の技師の箕輪さんと

 言い争って、最後は価格優先で採用した材料だった経緯があるのは父さんも知っ

 ての通り。昨日、内の開発グループの会議があってね、今の開発部隊には 長年

 の経験を持ち、素材の良否が分かる技師がいないのはまずいし 今のままだと 

 今後も類似の品質問題が再発する恐れもあるという結論に達したのだよ。勝手な

 お願いだが、辞められた箕輪さんに当社に戻ってきて助けてもらえないか、とい

 う勝手なお願いなんだが。」

この話で 父は息子が自分の会社に来て 始めての製品開発に取り組んでいる頃

を思い出していた。その最初の社内衝突が小さな開発部隊の中で起きたのだ。時

代の変化に対応した新しいビジネス・モデルに挑戦する若いスタッフと、職人気

質で通してきた堅物の箕輪氏とは正面衝突の結果となり、「おまえらと一緒に仕

なんか出来るか!」と言い残して箕輪氏は去って行った時のことを。

「今度 父さんが箕輪さんと会ってみて、頼んでみるよ。ところで“ペダル破損

 事故”はクレームのお客様と11件直接訪問対応の結果は その後 問題は広

 がっていないな?」

1ヶ月前からの生産は ペダル材質を変えたものになったし、これまでに出荷

 した およそ3000台はすべて良品ペダルをお客様に送り交換して貰ったし、

 クレーム受けた47件は全部お客様宅に訪問しお詫びと保障を済ませまし

 た。」

「それは良かった。まあ、即対処出来たので、損害を最小限に抑えたのではな

 いか。 ところで2つ目の相談とは何かね。お手柔らかに頼むよ。」

     「これもまた金の掛かる話なのですがね。父さんの商売は大手自転車メーカー

      に商品を納めればOKだったけど、“健康器具販売”はコンピュータを介して

      インターネット市場で個人相手に商売しているでしょう。今盛んにコンピュ

      ータを狂わす“ウイルス”が多発してコンピュータ・システムを壊してしま

      ったり、外から社内のシステムに入り込んで来て、社内の情報を盗むやつも

      現われて来ている時代さ。また当社にはインターネット販売で累積した約5

      千件の顧客情があり、これも守らなければならないし。そこで2〜3千万

      かけて当社の社内ネットワークシステムを整備して、しっかりとセキュリテ

      ィ機能も持たせたいと思ってさ。ご賛同頂けますか?」

     実は父も経営者の端くれとして経営専門雑誌などを読んでいたので、社内情報

     システムをきちっと構築するための投資が必要だと考えていた。そこで、

     「父さんも同じような事 考えていたのだよ。その位の資金ならこれまでの会

      社の利益の積立金で賄えるけど、今回の品質問題のように、いつ何が起こる

      か分からないから万一の備えとして持っていて、まずは銀行に借入れを交渉

      してみるか。」

     二人は会話に夢中となり どれほど時間が経過したのか分からなかったが、テ

     ーブルの上にはビールの空き瓶がすでに4本となっていた。

     「父さん この辺でビールから焼酎に切り替えようか? 所で酔いが回る前に

      父さんからも話あると言っていたので それをまず聞きましょう。」

     「あのなぁ、もうおまえも薄々気がついていたと思うが、私も70を過ぎたし 

      そろそろお前に会社を切り盛りして貰いたいと思ってな、母さんとも話して

      いたのだが。そこで父さんの右腕となって働いてくれている経理の長谷君、

      総務の辰野君にも この間私の気持ちをザックバランに話ししたんだ。もし

      息子が社長では働けないというなら会社を辞めてもらってもやむをえないと

      キッパリとな。そして私は会長などの席に残らず、全く会社経営から外れる

      とも説明しておいた。後はお前の判断で人事組織を考えて欲しい。過去のし

      がらみに囚われず、会社に取って貢献する人材かを自分で判断して決めて行

      って欲しい。12月に入ったら社長交代を外に発表するがいいな。」

   突然に光多郎に取って重いテーマの話が出て、即座に「分かりました」とは

   言えなかったが、70を過ぎる父にも「そろそろ 母と一緒にのんびり余生

   を過ごして欲しいな」と考えていたのは事実である。そこで、

   「父さんも余程考えての決断でしょうから、自分もしっかり考えて返事しま

    すよ。さあ 予定されていた話は終わった。 父さん これから飲みまし

    ょう。おかみさん、焼酎に切り替えだ!」

      すると割烹「蜜箸」の女将が、

      「随分大事なお話のようでしたね。親子で真剣な顔をしていましたよ。さあ

       さあ、飲んだ、飲んだ!」と言いながら焼酎の水割りを自分の分も含めチ

      ャント3作り始めていた。

 

   <チョットまじめなお話(5)> 『継続企業の条件』

      コンピュータによる設計が出来るようになると、一挙に基本設計から最終図

      面に至るまですべてコンピュータ任せにする傾向は 人間技師だからこそ掴

      んでいた蓄積された経験から来るわずかな遊び値や、人間工学的な配慮に疎

      かとなり その結果として企業の存亡を掛ける大型の企業不祥事を招いてし

      まっているとも言えよう。

      日本の大手メーカーがそのような悪い環境にはまってしまった経緯は、19

      90年代のデフレ経済不況を脱出する策の一つとして「リストラ」に走った

      為、コンピュータが苦手な、そして給料が割高な中年エンジニアの希望退職

      に走ったのである。その時の交換条件が 例えば中国に作る工場に単身赴任

      はどうかと迫られ、いまさら英語や外国語を学んでまで海外で仕事にかじり

      付くのは御免だと 多くの熟練技師が職場を去ったと言う。そのあおりが昨

      今多発した原力発電所での各種トラブル、今まさに世間を驚かせている三

      菱自動車工業/菱ふそうの設計不良が原因のリコール隠しなどなど、原因の

      主流は生産の現場にプロフェショナルな技師の不在という事に尽きるのであ

      る。

 

一方昨今の高度情報化社会の時代には、会社が壊れるもう一つの落とし穴が有

るのだ。それは企業が蓄積した「顧客情報の漏洩問題」である。つまり高度に

情報化された社会では新たに“情報を持つリスク”が生まれている事を認識す

る必要がある。日本の場合は米国に比較して、情報技術(IT)産業の勃興が

あまりに急速であった為、社内情報システムも短期間に拡張を繰り返し大型シ

ステムとなり、まさか個人情報が流失されるとどんな事態に直面するか予想も

つかなかったのだ。日本にはそもそも昔から“鍵をかける生活習慣”は無かっ

たのだから。

04年発覚した個人情報流失事件】(日経42日)

1

三洋信販

200万人分

2

ソフトバンクBB

452万人分

3

トマト銀行

ジャネットたかだ

山口銀行

アッカ・ネットワークス

サントリー

1651人分

66万人分

405人分

140万人分

7.5万人分

しかし顧客情報などの漏洩は信

用失墜と損害賠償で“会社を壊

しかねないリスク”と考えられ

るようになった。ソフトバンク

はご承知のように被害者となっ

た顧客450万人に一人500

償をしたが、その総額は22
億5
千万円以上となるわけで、

     中堅の会社なら一発で倒産に追いやられる事になる。

     次に「継続会社」の定義について説明しよう。

     これはあまりにも当たり前の話で会社組織を起こした以上 継続が前提である

     と言う事である。もっとはっきりと表現すれば、倒産することを前提にして経

     営をすることではないということ。とすれば会社の状況、つまり経営成績を示

     す決算期の時点でもし継続が危ぶまれる事態が起きた、あるいはおきる可能性

     があれば、その事実とその対応策をはっきり世間に向けて説明するということ

     が「継続会社の条件」(ゴーイング・コンサーン)ということである。つまり

     会社経営側は 会社の大小に関わらず、“社会”に対して継続の危機(つまり

     経営の行き詰まり傾向)は早め早めに世間に対して説明する責任(アカウンタ

     ビリティー)があるという事である。言い方を変えれば“そうならないように

     日々透明性をもって事業を展開してゆくこと”と言うことになろう。

 

  次に“企業の継続”に関して中小企業における「二代目経営者の経営戦略」に

  ついてチョイト触れておこう。当然二代目経営者とは 連帯保証の関連などか

  ら社長のご子息が後継者となるケースが多いと思われる。引き継ぐ側から見た

  経営引継ぎ戦略の秘訣とは;

@     バトンタッチ時に自分と一緒に あるいは一定の期間後に社内の親族に

  も引退してもらう。(露払い的仕事)

A     出来るだけ早い時期に後継者にその旨言葉ではっきり伝えること(任せ

  る勇気)

B     数字に強くなる教育を施しておくこと (正確なお金の流れの把握)

C     人脈リストの継承 (いざという時 あの人に頼れ)

           (参考: 雑誌「先見経営」04年4月号【牧歌的経営の時代は終わった】より)

 

  生き残っていく会社とは、環境が激しく変化して行く時代、それに合わせてス

  ピーディに変化して行けるかどうかである。よく引合いに出される話だが、ダ

  ーウ ィンが言っている。

「最も強い者が生き残るので無く、最も賢い者が生き延びるわけでもない。

 唯一生き残れるのは、変化できる者である」と。

    

6) 「おい ! あいつが事業を起すって 本当か?! 」

  <中学同期会での会話>

    白樺寮太は今年の誕生日で60歳になるが、昨年暮に中学時代の仲間が集まって

        今年が60年目になるので、それを記念して『還暦記念大会』と銘打って中学の

    同期会を開催しようと言う話となり、今日はその同期会の日。1次会/2次会は盛

    況のうちに無事終了したが、3次会は幹事連中の慰労会と称して同期会の会場か

    ら近い居酒屋に席を替えていた。

「おい! 寮太。挽長がさぁ、今話題の人物って知っていたか?」と同期会の幹

 長の小佐波が寮太に話し掛けてきた。

「あいつ 新しい事業を起こすらしいぜ。」

「おいおい? あの蒸発した挽長がかぁ?」

「こないだ、NZKテレビのドキュメンタリー番組にあいつが出ていたんだ。番組

【ホームレスが慈善事業に立ち上がる】とかいった内容だったが、同期の連中

の何人かがこの番組を見ていて、北殿なんかその後であいつに会って来たらしい

ぜ。」

北殿も今回の還暦記念大会開催幹事の一人で 確かにテーブルの端のほうに 陣取

数人が囲んで話に夢中のようだがきっと挽長についての話なのかも知れない。

 

挽長は高校を卒業すると印刷会社に就職、そこの社長の娘と結婚し人生順調にスタ

ートと思えたが、事業を無謀に広げすぎ 結婚後僅かにして妻の父から危険人物と

のレッテルが貼られ強制的に離婚させられ、しかし離婚の示談金を元手に再び印刷

会社を起す。所がまたまた無謀に事業を広げバブルの崩壊と共に、巨額の借金が襲

いかかり同期の仲間を訪ね廻って金を融通してもらう生活に急変した。 そしてあ

時期から所在が不明となり、金を借りたまま同期の友達に会えるはずは無く、

遂に個人破産宣告のあと、蒸発人間となったらしいとの噂だったのだが。

 

寮太は小佐波と共に北殿のそばに席を移動して その連中の話の輪に入った。

の定、北殿が挽長と会った時の話をしていた。

「おれが挽長とあったのは上野公園の動物園入り口に近い所のベンチでさ。あのN

  ZKの番組を見てから彼の兄貴に連絡取ったら もしかすると上野公園で夕方 6

 時ごろいるかも知れないと場所の情報も貰って 1ヶ月前の土曜日の夕方 自転

 車で散歩していたら偶然あいつに会えたのさ。彼は頭も丸く剃ってなんか坊さん

 みたいに悟りを開いたようなしゃべり方だったぜ。」

 

周りに集まった仲間が「それで、それで」と身を乗り出すように次に出てくる話に

興味津々といった姿勢を取っている。

 

「あのNZK番組で紹介していた通りの話だが、挽長が新宿でホームレス世界に身

 を隠しているとき、ホームレスで元東大卒の弁護士、元歯医者の先生、そして元

 庭師の3人と仲良くなっていつも夜通し“この世の中”について議論を重ねてい

 たらしい。 そしてある日、“どうおれらが嫌気さして逃げてきた世の中に

 対して 今、多くの人々がやっとおかしいときづき始めたみたいだ。 三菱自

 動車のような大きな企業で信じられない不祥事が当然のよに起きているし、生

 まれて10年も経たない子供が親友を簡単に殺すといった現象、これは常な世界

 だ。 やはりおれらの【世捨ての判断】は正しかったのだ”なんて意気投合して

 公園ベンチで夜通し飲む酒はとても美味いと語っていたよ。」

北殿が熱の入った話にのどが渇いたのかビールをぐいっと飲む瞬間に、挽長に数十

万円を貸したままの債権者の一人、小佐波が「ところで彼は どんな事業を起すと

言っていたんだ?」とその先を急がせるような質問を投げた。

「ホームレスの中にも チャンスさえあればもう一度立ち上がりたいと考えている

 タイプ、全く再生など考えておらず自分から死んでいるタイプ、まだそんなこと

 考えられず諸般の事情からただただ逃げ隠れしているタイプと有るらしい。この

 4人は その3種のタイプの内、再生タイプの連中を対象にして“世のためにな

 る仕事でご奉仕”するシステムを考え出したらしい。ただし絶対条件は お互い

 に氏名、戸籍そして過去遍歴などは聞き合わないという共通の約束を守ることら

 しい。」

興味津々と耳を立てていた仲間の一人が 「今はやりの NPOか?」と話を挟ん

だ。すると北殿は 話を続けた。

「そうらしい。挽長自身が “NPO事業”だと言っていた。これまで迷惑をかけ

 た友人・世間様に恩返するために、そして堕落してゆく人間社会に影ながら少

 しでも役立つ仕事をしよう4人の考えが一致して 最終的に“自然環境を取り

 戻す仕事をやろう“という結果になったと言ってたよ。」

いよいよ話は具体的な事業の内容に入ろうとしており、これまでざわついていた

宴会場もいつの間にか殆どの連中がこの話の輪に集まっていて、何かシーンと静

寂の中で北殿の説明する声だけが響いていた。

「この4人はホームレスとは言いながらそれぞれちょっと纏まった金を持っていた

 らしく、それを出し合って北新宿の青梅街道からチョット入った所の古いビルを

 借りて そこを『モズク』と称して奉仕仕事の配給場所にしているらしい。この

 奉仕仕事に参加すると「ボランタリン」とかいうカードが貰えるらしい。このカ

 ードは参加したホームレス間でも流通できて、また『モズク』にてカード1枚で

 1つのサービスを受けることができるらしい。サービスには多種あるらしいが結

 構人気のあるのが中古の上着を借りて映画館に行く、あるいは銭湯に行くといっ

 た“貸衣装サービス”、それから2階が大広間になっていて布団で1泊できる

 “宿泊サービス”も結構人気があるらしい。この『モズク』もイスラム世界の

 『モスク』をもじったと言っていたが。今度 上野の不忍池の側のしもた屋を借

  りて『モズク第2号拠店』計画が有ると 生き生きと説明していたよ。」

そこで仲間の一人が前に乗り出してきて 「おいおいすごい発想だぜ。ところでど

んな奉仕をしているのだ?」と大声で問いかけてきた。

「“自然環境の取り戻し”が目的だから、公園内のトイレ清掃、花壇の世話、ブラ

  ンコや滑り台などの安全整備、砂場や池の整備・清掃、木々の枝きり、公園に

  限らず公共施設ならなんでも対象らしい。仲間に庭師はいるし、元大工もいる

  し、工場の技師もいるし、仕事の仕上げはプロ波だよと自慢していたな。今

  度、上野に「モズク」が出来たら東京大学構内の“三四郎池”を皆できれい

  に生き返えら せてみせると意気込んでいたぜ。」

 

北殿の話が終わったとき、皆に何か虚脱感が襲っていているようで、いつの間にか

集まって来ていた仲間たちが無言のまま 元の自分の席に戻り始めた。寮太は

「そうだ、間違いない! いつぞや、監査役の研修が終わって新宿を歩いている

 ときに すれ違ったホームレス風の人物、あれは挽長だったのだ。」と一人静

かに思い出していた。

 

 <チョットまじめなお話(6)> 『日本経済再生の道』

    みずほ総合研究所の『日本経済の進路』(中央公論社)によれば、「日本には優

    れた技術や知識の蓄積があるのだから、起業や事業再生を促すのに適切な政策支

    援があれば、企業構造が分散型になり、成長してゆく中小企業が輩出されてく

    る」と読む。そして“適切な政策”とは「日本が有する経済資源を民間が最も効

    率的に活用できるよう積極的に後押しすることが政策の主眼となるべき」と解説

    する。

    しかし過去10年前に、今の状態を誰もが読めなかったように、この先10年後

    がどうなるか誰にもわからぬであろう。それよりも大事なことは 個人一人一人

    が“目先の欲望”に走ることなく、社会の一員として自分はどうすれば心の充実

    した日々が過ごせるかを一人一人が考えて生活してゆく事が これからの『ここ

    ろの時代』の正しい生き方ではなかろうか。

       “権力”を持っても決して幸せでないことを、政治家や医者や教師、いわゆる先生

    と言われる種族の行動から知らされ、高額な“所得”を得ても幸せでなさそうだ

    と高額納税者でありながら犯罪者となっているニュースを見て考えさせられ、更

    には超一流企業の組織のトップに上り詰め“名誉”を勝ち得ながら 不祥事で会

    社の為だったと民衆の前で頭を下げているお父さん達、やはり日本が世界の経済

    大国に成長し、その後バブル崩壊を体験しデフレの中での10年を通して失って

    しまったのが、“人としての健全なこころ”ではなかったか。

    

国際競争力World Economic Forum Report 2003.10月)

順位

マクロ経済

環境要因

制度・政策

要因

技術要因

競争力

ランキング

10

シンガポール

フィンランド

ルクセンブルグ

ノルウエー

デンマーク

スイス

オーストラリア

スウェーデン

オランダ

オーストリア

デンマーク

フィンランド

アイスランド

オーストラリア

ニュージランド

シンガポール

スウェーデン

スイス

独国

香港

米国

フィンランド

台湾

スウェーデン

日本

韓国

スイス

デンマーク

イスラエル

エストニア

フィンランド

米国

スウェーデン

デンマーク

台湾

シンガポール

スイス

アイスランド

ノルウェー

オーストラリア

 

(12)英国

(14)米国

(24)日本

(25)中国

(12)英国

(17)米国

(30)日本

(52)中国

(12)SGR

(14)独国

(65)中国

(11) 日本

(15)英国

(18)韓国

(44)中国

    上記の【国際競争力ランキング】をご覧頂きたい。「マクロ経済環境」とは一国
    
の経済を政府、企業そして家計の面から見てバランスが取れているか、「制度、
    
政策面」はグロール・スタンダードに近いものか言い方を変えれば日本独自
    
のものなってしまってはいないか)、して「技術面」では世界で通用する特
    
異なる技術を持ち合わせているか、と言ったいくつかの因から総合的に世界で
    
の競争力をランキングしたものである。このランキングから我々は“日本は英国
    
やドイツよりは上位だから悪くはなかろう”と考えがちでは無かろうか。それは
    
違いで 今後の「こころの時代」を考えるなら、英国やドイツに学ぶものは
    
く、むしろランキング上位を占める北欧の諸国から「人間としての生き方」のヒ
    
ントを得る事が大事では無かろうか。

      これから「会社」はどうなって行くのだろうか。ある雑誌(*)での養老孟司氏(東
    
京大学名誉授)と岩井克人氏(東京大学教授)の対談記事の中で、「これから
    
は人間が利益の源泉となる時代でお金に還元できない仕組みが必要です。【この
    
指とまれ型】で皆が新しいことを少しずつやる共同体が成長してゆき、最終的に
    
は“きれいな分業体制”になるのが理想でしょう。」と言っている。

               *)みずほ総合研究所発行 雑誌 Fole 4月号

     「平成の新遊民」と言われる若い世代も これまでの産業資本主義の時代を生き

    抜いてきた“サラリーマン奴隷”には全く興味は無く、自分でやりがい感のある

    仕事を選ぶようになり 結果としてNPO的な共同体”が増え続けて行く事にな

    るのだろう。

 

7)最終章

 <唐松家の会話>

     夕食が終わり妻が食器の後片付けも一段落して冷えたスイカをテーブルに持っ

     て来ると れまでテレビに夢中だった息子の光次が大好きなスイカにかぶり

     ついた。

     「光次、夏休みはお母さんの田舎に行って、お父さんと一緒に 山登りしよう

      か。 おじいちゃん、おばあちゃんも大喜びするな。」

     光多郎としては、これまでは事業の立上げ、その後の製品の品質問題、更には

     会社内情報ネトワークの構築と次から次へと重大案件が目白押しだった為、家

     族サービスを怠っていたと反省し、一段落したこの夏休み、妻の故郷 南信州

     を訪ねてみようと考えたのである。すると光次が、

「山登りなんてつまんないよ。だって疲れるだけじゃ〜〜ないか。」

そこで光多郎が、

「違う、違う。そんな高い山じゃあなくて、トンボやちょうちょ、セミやバッタ

 を取る昆虫集が目的だよ。」

すると光次は目を丸くして興奮気味に「行く、行く、ぼく絶対に行く。」

暫くするとスイカで満腹となった光次は眠気が差してきたのか一人自分の部屋に

移っていった。妻と二人だけになると、光多郎は、

「来年から社長として切り盛りして行くのだから体力作りをせにゃあかんな。」

すると妻が、

「何言っているのですか。子供と山登るだけで簡単には体力など出来ませんよ。

 毎日のトレニングが必要です。」と手厳しい。

「まあ 箕輪さんが戻ってきてくれたし、父さんの交渉で曙信用金庫が融資をO

 Kしてくれたし、俺もがんばらにゃ〜〜遺憾な。」

すると妻が、「そうですよ。これから頑張ってもらわなければ。」 とダメを押

してきた。

「あのな、明日は 取引先の友人に誘われて早慶大学での異業種勉強会に出てみ

 るので、夕食はいらないよ。確かテーマが【企業不祥事の何何】とか言ってい

 たな。」

 

 <白樺家の会話>

     白樺家の夕食時、久々に息子夫婦が訪ねてきていて賑わいでいた。

     「兎に角、あの壷が200万円の価値が有ったなど 全く知らなかったわ。」

     と妻が興奮気味に息子夫婦に つい数日前に起きた思いがけない出来事を話し

     ていた。

     「しかし 健康器具の会社は立派でしたよ。だってお父さんがメーカーに電話

      して事の経緯を説明したら、すぐ翌日メーカーの方が来られ陳謝され、ペダ

      ル交換をして そして壊れた壷を持ち帰ったの。 数日したらまた来られて

      古美術商に査定させた資料を持って来て、損害賠償として200万円を銀行

      口座に振り込むと言うのよ。 驚いたわ〜〜ぁ。」 すると息子が、

 「母さん、その瞬間 “儲けた!”と思ったんじゃないの? 確かあの壷はお

  じいちゃんがお父さんが結婚する時“記念におまえにやるよ”と言ってくれ

  た壷だよね。そんな値打ち物だとは誰も思っていなかったじゃ〜ぁないのか

  なぁ。」

 皆 顔を見合わせて笑った。白樺家から大きな笑い声が聞こえるのは どの位

 ぶりだろうと寮太は思った。暫く取り留めの無い世間話に花を咲かせていた

 が、息子から、

 「父さん 今年還暦だね。定年退職はいつになるの?」

 急に重たい話になったせいか、息子の妻が、

 「私、新しいお茶を入れて来ましょう。」と言って立ち上がった。

 「多分今年 顧問となって1〜2年今の会社で働こうと思えば大丈夫なのじゃ

  ぁないか。」 

 すると妻の方から間発をいれず、

 「“働こうと思えば”とは何ですか。ちゃんと働いてください。仕事から離れ

   ると すぐに“ボケ老人”になっちゃいますよ。」

 そこで寮太が、

 「先日 私の中学の同期会が有って、同期の挽長という男がNPO事業を起こ

  したというになってな。私も定年退職したら、自分の半生の経験を生かし

  て何か世間様にお役に立てる仕事、つまりNPO的な仕事をやってみたい、

  なんて考えているのだよ。実は明日、早慶大学での異業種勉強会で私が『企

  業不祥事と継続会社の条件』と言うテーマで講演することになっているのだ

  よ。この中でも“これからは自分でやりがい感のある仕事を選択するように

  なり、NPO的な共同体が今後増えて行くのでは”なんていう話をするのだ

  がね。」

 

 <ある公園での会話>

     「此間のNZKテレビ報道で有名になって困ったもんだ。今日も6人が一緒に

      働かせてくれって来たぜ。今週は世田谷の公園プロジェクトだったな。6人

      の内 3人が明日 新宿“目型の前交番”の前に来るので連れて行ってやっ

      てくれ。」 すると仲間の一人が、

「3人とはどんな人ですか?」と訊ねた。

「一人は元学校の先生、もう一人は元中小企業の社長さん、そして残りの一人

 は大学中退生だと言っていた。新顔だからすぐ分るよ。」

夏の太陽が燦々と公園に差し込んでいるが、この大銀杏の下は大きな日陰を作

っており涼しい風が通り過ぎて行く。

「上野のモズクは元庭師を中心に無事オープンして 来週から東大の三四郎池

 プロジェクトがスタートさ。今日の応募者の残り3人は上野の方に回した

 よ。それぞれ元引越屋、元重量挙げ選手、そして元農園経営者と言っていた

 が、体格がしっかりしていて三四郎池プロジェクトも思ったより早く運ぶの

 ではないか。」

黒光りした仲間の顔に西に傾いた夏の太陽光が当たり、毎日の充実した行動は

仲間それぞれの目を生き生きとさせている。仲間の一人が、

「さ〜〜てと。今日も一日が終った。この“ボランタリン券”できれいなおべ

 べ着て銭湯にでも行ってみるか。」

周りは 仕事を終えて横目も振らず下向き加減に家路に帰る人々の黒い波が

覆っていた。

 

<完>

        ◆◆小説でありまして 登場する人物・組織などは 実在するものではございません。

  次のページへ>     <TOP ページへ