この絵は本郷菊坂町の下道からチョット路地を入ったところを描いていますが、ここは樋口一葉が住んでいた旧居のあった路地裏です。絵の中に描かれた階段を上って右に折れると、「鐙坂(あぶみざか)」の中ほどに出ます。この「鐙坂」を描いたのが2012年の油絵作品(キャンバス サイズ F4)として掲載してあります。 一葉がここに住んでいたのは18歳から20歳までの間ですが、引っ越して来た時には兄も父も他界しており、家族の生計は彼女の腕に掛かっていました。お金に行き詰まると菊坂にあった伊勢屋質店に通った話は有名です。お金を稼ぐには小説家になろうと、長身で美男子の小説家「半井桃水」に指導を受けますが、19歳の一葉は桃水が好きになってしましますが、当時31歳の色男で自遊人の桃水は一葉を相手にしません。一葉は恋の悩みを断ち切ろうと本郷菊坂から吉原遊郭に接する「下谷竜泉寺町」に引っ越してしまいます。ここであの名作「たけくらべ」が生まれたのですが。そんなわずかな間の菊坂下道での生活でしたが、一葉は生涯わずか24年という短さではあるが、人生で最も激動の時期であったに違い有ません。一葉は安藤坂(現在の地下鉄丸ノ内線「後楽園」駅の近く)に有った中島歌子の歌塾「萩の舎」に和歌や古典を習いに通っていたのですが、その時にはこの階段をいそいそと上がり下りしていたのでしょう。そしてまた桃水が自分を訪ねてきてくれるかも知れないと待ち侘びて階段を歩く音に耳を澄ましていたのかも知れません。そんな謂れが染み込んでいる階段なのです。