菅総理、ジンクスに気づけば良かったのに

1年前の8月28日、安倍総理が突然健康上の問題(潰瘍性大腸炎)を理由に辞任を発表、9月14日投開票の自民党総裁選で国会議員票(394票)と都道府県連代表票(141票)の計535票で争われ、菅義偉氏(394票)、岸田文雄氏(89票)、石破茂氏(68票)の結果で、菅首相に決まった。実はこの時、総裁選が告示日から投票開票日までわずか8日間しかないため、通常であれば地方自民党員を含めた公選を行うのが原則だが、二階俊博幹事長の「この事態に政治空白を作ってはならない」の一言で党員投票は実施されなかったという経緯があったのだが。いわゆる菅さんを押したのは自民党内の「派閥」だったのである。結果的に見れば、菅さんはスタート時点から国民側に眼の届かないステージの上に乗せられての船出だったのである。ただし安倍氏の後釜として任期は残された1年間でこの9月で任期切れなのだ。
ところが9月に入って、菅さんが延命策としてあらゆる手を尽くしてみたが、その結果として自分自身が「裸の王様」になっている事に気づかされ、急遽「勝ち目なし」として今度の自民党総裁選には出馬せず退陣することに決めたのだ。

実はこの政争の影にはあるジンクス(JINX)によって道が決まっていたと言う。 どんなジンクスかと言えば、《日本におけるオリンピック開催の年には必ず首相交代が起きる》というものだ。それが間違いなく起きてしまったのだ。
過去の日本でのオリンピック年とその年の首相交代を見てみよう。
   1961年10月 東京オリンピック  池田勇人 → 佐藤栄作
   1972年2月  札幌オリンピック  佐藤栄作 → 田中角栄
   1998年2月  長野オリンピック  橋本龍太郎→ 小渕恵三
   2021年8月  東京オリンピック  菅 義偉 →  ?

ところが話の続きがあるのだ。実は安倍晋三氏はこのジンクスを事前に知っていて辞任の道を選択したのではという仮説である。


2012年12月26日に誕生した第2次安倍晋三内閣は連続在任日数が2822日となり、第1次政権の期間を含むと通算在任日数は3188日となりいずれも日本憲政史上最長の記録を作ったのだ。つまりは2019年11月に”通算在任日数”が明治・大正期の「桂太郎」氏を上回り、2020年8月24日に”連続在任日数”でも叔父の「佐藤栄作」氏を抜いて【歴代最長記録】を更新したのである。しかし、彼れは叔父のオリンピック開催年での出来事をはっきり記憶していたのである。つまりは「嫌なジンクス」というか、理論に裏付けられてはいないがよく当てはまる経験則(アノマリー)を感じ取っていたとは言えぬだろうか。そして不吉な「新型コロナウイルス」が蔓延し、その中で「東京オリンピック」を1年引き伸ばしておいて、歴代記録を作り上げた事を確認した4日後の8月28日に潰瘍性大腸炎の再発を理由に突然辞任を宣言し菅総理にその後の道を譲ったのだ。もし菅さんが今年に入って《日本におけるオリンピック開催の年には必ず首相交代が起きる》のジンクスに気づき、思い切って東京オリンピックを中止していれば、例え新型コロナの蔓延が現状の様に広がっていたとしても、国民の心離れは避けられて総理の座は確保されたのかも知れない。
貧乏くじを引いたのは、菅さんだったのである。

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